じのもん(地の者)

じのもん(地の者) ⇒ 地元産、地元の人

ちょっとなまらした感じですね。
回転寿司などで、「じのもんの魚」って感じで使われてますね。
【方言 - あ行の最新記事】

ばーば

金沢弁特有の方言の1つとして、身内の呼び方があります。
ばーば ⇒ 祖母
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ダンディ坂野さん

ダンディ坂野さんは、一時期大ブレイクしたお笑い芸人です。
現在は、露出は少なくなったけど、まだまだ記憶に残っている芸人さんです。

以下、wikipedia引用
ダンディ 坂野( - さかの、本名:坂野 賢一 - さかの けんいち、1967年1月16日 - )は、石川県加賀市出身のお笑いタレントである。血液型AB型。所属事務所はサンミュージックGET。2004年8月22日に入籍し、2009年7月7日に長女が誕生した。

人物
1993年に26歳で上京し、プロダクション人力舎のスクールJCA2期生に入学。漫才コンビ「ラブリン」を結成しボケを担当するも、「才能が無い」という理由で留年。一期下の3期生と共に1年間学ぶ。その時の3期生にはアンタッチャブル等がいた。卒業後、同スクール講師だったブッチャーブラザーズの付き人となる。
1996年に大川興業の舞台『すっとこどっこい』でデビュー。テレビ埼玉の番組『パンドラ御殿』内のコーナー『探偵物集(ものたかり)』で松田優作に扮する寺田体育の日とギャグ対決をし、テレビに初出演した。でんでんの芸風を受け継いだため、第二電電とかけた『第二でんでん』が彼のキャッチフレーズであった。

様々な色のタキシードを常に着用し(ネタ以外では黄色のタキシードが多い)、粋なジョークで世の人を笑わせる。とはいうものの、そのジョークのほぼ全てがテーマに沿った駄洒落を連発するだけのものである。ジョークを言った後に苦し紛れでいう決め台詞「Get's!!(ゲッツ)」は若者の間で流行した。ただ、「面白くないネタを披露して、すべって気まずくなった空気の中で使う」のが本来のゲッツの使い方であり、ダンディ坂野の芸風である。しかし人気絶頂の時はしばしばすべるはずのネタがウケてしまい、彼を困惑させたという。

2002年以降のお笑いブームの火付け役となったNHK『爆笑オンエアバトル』の第1回に出演し、合格している。番組初期の功労者であり出場回数も多いが、オンエア率(合格率)は約3割と低く、番組歴代最多のオフエア回数15回という不名誉な記録も持っている(後にHi-Hiも記録)。ただし、オフエアとなったネタも極端にKBが低いわけではなく、オンエア率の高い400KB台でオフエアになった時もあった。2000年6月放送分で当時の自己最高KBである393KBを記録したが、6位でオフエアになったため、司会の森下和哉アナウンサーに向かって「超ムカつく!」と嘆いた。ちなみに最高KBは453KBである。オンエア率の低さとは裏腹に番組の枠を超えて人気を博し、彼のブレイクはピン芸人ブームのさきがけとなった。

基本的にネタ芸人であり、お人好しな性格でフリートークが得意でないため、2003年をピークに人気が下降。唯一のレギュラー番組であった『3つのとびら』が2006年3月に終了して以降、テレビ出演の回数はめっきり減っていた。現在は月に数本の深夜番組や地方ローカルの番組、及びライブを主な活動の場としている。だが「アメトーーク」など全国ネット番組に「一発屋芸人」として出演する事も多くなってきており、完全にテレビから消えたわけではない。本人もそのキャラクターに徹しているようで、『たかじん胸いっぱい』(関西テレビ)に出演した際に「お笑いブームで残れないのは分かっていたし、ブレイクした時点で僕の中で何かが終わった気がした。これから頑張るより、一発屋芸人というキャラクターになろうと思った」と語っていた。

あね(あんま)

金沢弁特有の方言の1つとして、身内の呼び方があります。
あね(あんま) ⇒ 長女
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じーじ

金沢弁特有の方言の1つとして、身内の呼び方があります。
じーじ ⇒ 祖父
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